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アドルフ・ガーランド著 Die Ersten und die
Letzten
( 邦訳:始まりと終り ) フジ出版社
第二次世界大戦のドイツ空軍の初期の活躍から終焉までを豊富な資料と高度な分析で記述した内容でさすがに戦闘機隊総監にまでなった人物だけあって広い視野で客観的に当時の状況を表現している。
また、それだけではなく文章の根底には戦闘機パイロットとしての自負と誇りが窺われる。 この世界大戦では「終焉」とはドイツ空軍の最後もさることながら、それまでの戦争の概念、古い言葉だが「騎士道精神」の終焉と言う事ではないかとも読み取れる。
後半の章では米英のドイツ本土爆撃について言及されており、その戦略の根底に大規模で無差別な攻撃が最優先される思想が芽生えた事でそれまでの兵士対兵士の戦いが終わりを告げ非戦闘員をも巻き込んだ暗澹たる無差別攻撃が戦争の新たなルールとなってしまったと語っている。
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ガーランドの生い立ちやその後の戦闘機パイロットとしての活動についての要約は「ウィキ」で検索すればわかるので割愛する。
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Bf109E-4/N W.Nr5819 Kommodore JG26 Flown by
Maj. Adolf Gallnd
(Final score 104)Dec.1940
Audembert/France
 
Bf109E-3 W.Nr0820 4./JG77
Flown by Uffz. Ludmig FrOba Oct.1940 Norway
 
Bf109E-4 T./JG3 Flown by
Gruppenkommandeur Hptm. Hans von Hahn
(Final score 34) late 1940
France


Bf109E-4 9./JG26 Flown by Staffelkapitan
Oblt. Gerhardt Schopel(Final score 42)18.Aug.1940
Calais/France
 
無骨な外観と逆ガル翼で印象が強烈な、ドイツ空軍を代表する急降下爆撃機
首脳部の急降下爆撃に対する固執により後継機種の開発が遅れ大きな改変は無く終戦までにA〜G
型を合計して約5,700機が生産された。
1937年から生産が開始されたA型は、スペイン内戦で実戦投入され多くの戦果をあげ改良型のタイプBへと発展し1939年のポーランド侵攻や開戦当初のブリッツクリークにおいても、同様に大きな戦果を挙げた。
しかし、その背景には制空権の確保が必須であった事は1940年のバトル・オブ・ブリテンに於ける大損害となって証明されてしまった。
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Junkers Ju87R-2 Stuka Hasegawa
1:48

その為、敵の航空戦力の弱い地域であるアフリカ戦線、東部戦線などで対地攻撃機として使用された。
のちに、翼下に37mm Flak
18機関砲を2門、搭載するG型が製造されハンス・ウルリッヒ・ルーデルに代表されるタンク・キラー達が東部戦線に於いてJu-87の最後の栄光に花を添える事になる。
空軍首脳陣の急降下爆撃へのこだわりは異常なほどで4発の重爆までもが急降下爆撃の性能を要求された事でも、その異常さが窺われる。
Ju-87の当初の活躍が強烈だった事が相当、影響しているのだろう。
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Junker Ju 87R-2Trop 6./StG2 (T6+MP)
Tmimi, Libya July 1941

ロケットエンジンを推力とし30mm MK108 機関砲2基を搭載して時速960
km/hで攻撃して来るMe-163に対して連合軍は当初、大きな脅威を覚えたが航続時間が約8分と言う短さ故、爆撃隊の飛行ルートの変更による対応を行った為、大きな損害を免れた。
飛行中はもとより地上でもロケットエンジンの取り扱いは慎重を要し、また大掛りな燃料供給設備等の為、拠点移動も、ままならず大きな戦果は上げられなかった。
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移動式の発射台でも開発されていれば、かなりの戦果がえられたのかも知れないが、いずれにしろ実用化があまりにも遅すぎた。
こうした事例はMe-163に限らず他にも多くの新型兵器が試作段階で終戦を迎えている。
これらの研究成果の内容が高度であったのは「米・ソ」が争うように持ち去った事でも証明される。
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Messerschmitt Me163B KOMET
Hasegawa 1:32

諸元
エンジン:ワルターHWK509A-1ロケットエンジン
推力:1,700kg
全長×全幅:5.85m×9.32m
翼面積:18.00u
自重:1,900kg
全備重量:4,300kg
武装:30mmMK108機関砲×2
最高速度:828.81km/h(海面高度)959.17km/h(高度3,000〜9,000m)
上昇率:4,800m/分
上昇時間:9,000mまで2分36秒
後続時間:7分30秒
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ヒトラーの気まぐれの為、長期にわたり戦闘機としての絶対的な優位性をもちながら運用が遅れてしまった悲運の名機と言える。
戦闘機として運用されたのは1944年夏、ワルター・ノボトニー少佐の率いる実験部隊が15機のMe262により運用開始
9月には60機に拡大されコマンド・ノボトニーとして再編成される。
指揮官のワルター・ノボトニー少佐は11月8日に戦死(23歳11か月の生涯で258機の撃墜)
そののち第7戦闘大隊(Jagdgeschwader
7)としてコマンド・ノボトニーの名称を残し再編成される。
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Messerschmitt
Me262a-1 Hasegawa
1:48

諸元
エンジン:Junkers
Jumo004B-1×2
離昇出力:900kg×2
全長×全幅×全高:10.6×12.5m×3.83m
最大離陸重量:7,100kg
武装:30mmMK108機関砲×4
最高速度:870km/h(高度6,000m)
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そして1945年1月、アドルフ・ガーランド中将(当時33歳)の指揮のもとにJV-44が編成される。
ジェットエンジンの初期的問題を多数抱え戦術的運用方法の研究すら不十分な状態で少数の実戦投入となったが、それでもMe262の卓越した能力は極めて短い期間の中で発揮される事となる。
上層部の無知が原因で本格的な生産開始が遅れに遅れ総生産数は僅か1,433機にすぎなかった。
Me-262こそルフトヴァッフェの混乱を象徴するものと言えるだろう。
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第二次世界大戦における航空戦の資料
今回、紹介したアドルフ・ガーランド著「Die Ersten und die
Letzten( 邦訳:始まりと終り )」フジ出版 の他に
ドイツ空軍に関る資料として
ジョン・キレン著「The
Luftwaffe(邦題:ドイツ空軍、全機発進せよ)」ハヤカワ文庫
R・F・トリヴァー/T・J・コンスタンブル著「The Blond Knight of
Germany(邦題:不屈の鉄十字エース)」朝日ソノラマ
ハンス・U・ルデル著「Trotzdem(邦題:急降下爆撃)」朝日ソノラマ
カーユス・ベッカー著「Angriffshohe
4000(邦題:攻撃高度4000)」フジ出版
バトル・オブ・ブリテンに関る資料として
リチャード・コリヤー著「Eagle Day The Battle of
Britain(邦題:空軍大戦略)」ハヤカワ文庫
ヨーロッパに対する戦略爆撃に関する資料として
トーマス・M・コフィン著「Decison Over
Schweinfurt(邦題:戦略空軍)」朝日ソノラマ
マーチン・ケイディン著「Flying Forts The B17 in World War
II(邦題:B17空の要塞)」フジ出版
等があげられるので興味のある方は調べてみてはいかがかな
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